彼を最初に見たのは7月だった。

夏の暑い日。

どこかからかピアノの音がする。

(ピアノの曲って静かなのが多い気がしてたけどなんか激しいな・・・)
今日の講習も終わってそろそろ帰ろうかと下駄箱に向かうところだった。

なんかあの音が近づいてる気がする・・・

・・・もしやホールで演奏してるのか・・?
なんか陰惨で悲鳴のような珍しい曲だな・・・

下駄箱近くのホールで誰かがピアノ弾いてるのが見えた
小さい・・・余りよく体が見えない

近づいてみると凄く必死で辛そうな表情で全身で演奏しているのが分かった。
でも心のこもった演奏だった

たまにピアノ越しにぽわぽわした髪が上下してる。

日が入って茶色の髪がきらきらして。


綺麗。



凄い集中しているのか、彼に目を奪われている自分には気づかない

その音楽と彼と自分だけが世界に存在している
そんな不思議な空間だった。

でも音楽は冷たくきつく悲鳴を上げている。
その辛さが心に伝わってくる

最後のフォルテがホールに響き、そして演奏がやんだ

「・・・・?」
その演奏している彼に怪訝な表情をされてるのに気づいた

「誰あんた?」

「あんた・・・・!あんた・・・!?」
(あ、俺か・・・・!)
「さ・・・三年の柴田です」
「あ、ども」
ピアノを片付けながら無愛想な返事をする

「いや、あ、なんかすごい上手いね・・・!ピアノ!」
「気持ちが伝わってくるって言うか・・・こんな気持ち初めてだ」
「・・・・」
ぽわぽわ髪は不機嫌そうに目を伏せて
「全然・・・ほんとダメですよ・・・・」
ふー・・・とため息をつく

「飯田くーん!」
ピアノの講師が彼を呼びに来た
「あ、じゃあこれで」
「あ、ども・・・」
「緑です」
「?」
「飯田緑って言います。すいません、褒めてくれたのに。とにかくありがとうでした」

それが彼との一番最初の出会いだった。

それからたまに彼と目が合うようになった。
あっちは何を考えてるのか分からない。
自分もなんでこの後輩が気になるのか分からない。
惹かれている。
彼のことが気になる。

それは否定できない


それからたまにピアノを聴かせてくれるようになった。
あの時のような辛い曲も聴かせてくれるけど優しい曲も聴かせてくれる。
彼の小さな体からこんな心に沁みる音がでるのが凄いと思った。
1年生なのに凄いなぁ・・・・

「次からは金取りますからね!!」
憎まれ口もすごいけど。


+++++++++++++++++


そして2月。

3年生の教室は人がまばらだ。
自分も推薦で進路が決まったので来る用などないのだが、先生に野暮用を押し付けられた。

今日も緑はピアノ室にいた。
入ろうかどうしようか悩んでるときにあっちが気づいた。
重いドアを力を入れて開く。

「あれ?どうしたんすか?」
緑が心なしか嬉しそうに見える。久しぶりに会ったからか。

「いや・・・久々に学校きたからちょっと散歩してた」

「散歩!?受験生は大変なんじゃないんですか?もーさっさと早く帰ればいいのに・・!」
すこし緑は考えて
「あー・・でもこの時期はやることなさそうだなー・・」

「ん・・・・ああ」

ふたりとも所在なさげな空気を出す

慌てて緑が口を開く
「でもいいっすよねー・・さっさと学校決まって!」
「大学生活楽しそうじゃないですか・・・!」
心なしか言葉に怒気が混じってる気がする

「大学行って彼女作ったりして・・!」
「それにサークルとかも楽しそうだし・・・」

「緑・・・?」

(どうせ俺のことなんか忘れてしまうんだ)

決して口には出来ない言葉を飲み込む


ふわっ

髪に突然邑一の手が触れ、緑ははっとする
「大学なー・・・人見知り激しいから慣れられるか心配だよ」
「・・ん」
緑は少し自分が熱くなってたことを恥ずかしく思う
だからか顔をあげれない

正直このまま邑一の顔を見たらどうなってしまうか分からない

「しっかし」

「お前の毛、ホント犬みたいだなー!」
「・・・はあ!?」
わしわしわしわし
邑一は髪を遠慮なくかき乱す
「やめ・・・・!!」
思わず顔を上げてしまった

「!」

邑一と目が合う
でもすぐ目を離してしまった。

「大丈夫、大丈夫」

正直何が大丈夫なのか分からなかったが、すこし、気持ちが温かくなる
「つかマジで髪いじんのやめてくださいよ!!アホじゃないすか!!」
「バカ!バカ!」
「わんこだなーふわふわー」


髪をいじる手の反対の手に何か持っているのが見える
「・・・なんすか、それ?」
「え」
お菓子みたいな・・・チョコ?
ああ・・・今日はバレンタインデーだったか・・・先生か誰かにもらったのかな・・・?
胸がきゅんと痛む
「それは・・?」
「・・・食べる?俺甘いのそんな食べれないんだよね」

緑はピアノの椅子に座って、邑一は指導用のパイプ椅子を持ってきてふたりでもぐもぐ

もぐもぐ

もぐもぐ。


「コーヒーとかなんか飲むの欲しいですね」
「あー・・・」
邑一が自分のかばんを漁る

「これ」

いつも自分が飲んでるコーヒーを差し出された。
知ってるの・・・?まさかな
「一本しかないから俺にも頂戴」
「はぁ!?普通2本買うでしょ!あほか!」

そしては、と気づく

・・・これって間接キスだ

それに気づいて顔が真っ赤になる
「あほ!あほ!あほ!!」
「なんだよ突然・・・!」
「うるさいーーーーー!!!!」
今日はずっと邑一に翻弄されてる気がする。

でも彼が誰に貰ったチョコでもいい、彼と今食べてるのは自分なのだと少し嬉しくなった

「あーーもうそろそろ帰るんで・・・もしよかったら一緒に行きますか・・?」
「お、おお」

+++++++++++++++++

緑が余りにも嬉しそうにチョコを食べていたのが凄く嬉しかった

正直自分で作ろうかと思ったけど母に冷やかされそうなので止めて デパートのチョコ売り場で買った。

女の人ばっかで恥ずかしいやらなんやら。

でも好きな人のことを考えて物を買うのは凄く楽しかった
本当に。

・・・好き?
ああ、俺あいつが好きなのか

そうだ。
好きなんだ・・・・

もっと近くにいたい。もう直ぐ会えなくなるけど・・・

なんでもっと早く気付かなかったんだろう

来年も同じ日に君と一緒にいられたらどれだけ幸せだろうと思った

もっとそばにいたい

2009-03-06